絶滅危惧種の保護に「クローン技術」は有効?倫理上の問題は?

テクノロジー

野生生物の絶滅を防ぎ生物多様性を守るべく、日々さまざまな研究が進められている昨今。
その中でも、長年議論が交わされ続けているのが、「クローン技術を用いた生物多様性の保護」です。

ここ数十年の間にクローン技術は飛躍的に進歩し、実際さまざまな動物のクローンが生み出されました。
とはいえ、現時点ではクローン技術だけですべての絶滅危惧種問題を根本から解決するのは容易ではありません。
また、動物のクローン化に対する「倫理面での問題」などを指摘する声も少なからずあります。

そこで今回は、クローン技術が生物多様性の保護にもたらすメリットと、反対にクローン技術を利用することの問題点や課題について解説していきます。

クローンの歴史

クローンとは、「同一の遺伝子(DNA)を起源とする細胞や個体の集合」、すなわち「細胞や生物をコピーすること」です。

クローン技術には、大きく分けて「胚分割」と「核移植」の2つがあります。
胚分割は、受精卵を分割し、それぞれからクローンを作成する方法です。
一方核移植は、乳腺などの体細胞の核を未受精卵に挿入するものであり、体細胞を提供したドナーと全く同一の遺伝子の組み合わせを持った生物が誕生することになります。
クローン元の動物の細胞核が、生殖細胞(胚細胞)由来の場合は「胚細胞核移植」、体細胞由来の場合は「体細胞核移植」と言います。

1891年、ウニの受精卵からはじめて人工的な動物個体のクローンが作成され、1903年にアメリカの植物生理学者ハーバート・ウェッバーによって「クローン」と名付けられました。
その後、1952年にはアメリカでカエル、1963年には中国でコイ、1986年にはソ連でマウスのクローンが核移植によって作成されました。

波紋を呼んだクローン羊「ドリー」の誕生

ドリーのはく製(Toni Barros / WIKI commons

1997年、世界初となる体細胞から作成されたヒツジのクローン「ドリー」がスコットランドで誕生し、世界中で大きな話題となりました。
しかしそれから2年後の1999年、英ネイチャー誌にて「ドリーは生まれつき老化している」という研究が発表されます。
ドリーは6歳の羊の乳性細胞から作成されたため、誕生の時点で既に遺伝子が6歳程度だったからではないかと推測されたのです。

この発表内容には反論の声も寄せられましたが、それから3年後の2002年1月、ドリーが5歳の時に異変が生じます。
一般的に、羊の平均寿命は10~12歳程度とされており、老化とともに関節炎を発症することがあります。
一方ドリーは5歳という若さで関節炎を発症し、日に日に衰弱していったのです。

これに対し、ドリーを研究していた専門家の一部は「関節炎は一概にクローンのせいとは言えない」「ドリーはゲートを飛び越えた時に怪我を負い、関節炎を悪化させた。」と述べていました。
しかし、その後ドリーは関節炎だけでなく進行性の肺疾患も発症し、2003年2月、羊としてはあまりにも短い6年の生涯を閉じました。

このドリーの早すぎる死によって、「体細胞核移植によるクローン作成は哺乳類向きではない」との声が上がり、クローン自体の是非を問う議論もそれまで以上に交わされるようになりました。
またこれ以降、世間に「クローン=倫理に反する」というイメージが広がり、現在に至るまで議論が続いています。

絶滅危惧種の保護にクローン技術は有効か

ガウル

賛否両論ありつつもクローン技術に関する研究は続けられ、イヌ、ネコ、ブタ、サルに至るまで、さまざまな動物のクローンが生み出されました。その中には絶滅の危機に瀕している生物や既に絶滅している生物も組み込まれ、クローン作成が行われました。
しかし技術の進歩と同時に、新たな課題も生じているのです。

例えば2001年には、絶滅の危機にある牛の一種「ガウル」のクローンが作成されましたが、誕生からわずか2日後に死亡してしまいました。
また2003年には、スペインの研究チームが2000年に絶滅したヤギの一種「ブカルド」の冷凍保存されていた皮膚からクローンを作成することに成功したものの、その命は誕生からわずか数分で終わってしまったそうです。

このようにクローン作成に成功しても、それを生きながらえさせ、繁殖させるのは容易ではありません。
たとえ誕生時の幼体が健康でも、ドナーの遺伝子サンプルが少ないために集団の中で遺伝的な多様性が期待できず、近親交配のようになってしまう可能性もあります。
そうなると病気や気候変動の影響を極度に受けやすくなり、結果的にそれほど長くは生き残れないおそれがあると推測されています。
そもそも絶滅危惧種の場合、「クローンの代理母となる健康なメスの個体確保が難しい」という課題があります

また、「クローン個体が誕生から間もなく死んでしまうことは珍しいことではない」「むしろ必要なプロセスだ」という意見もありますが、この点もまた「倫理的配慮に欠ける」と批判を受ける要素となっています。
この点に関しては、生物を「個」ではなく「種」として残す以上は致し方ないとも言えますが、一方で批判が出るのも至極当然だと言えるでしょう。

何より絶滅危惧種のクローン化には莫大なコストがかかるため、研究者の中には、そのコストを自然保護区の整備や密猟の撲滅といった対処方法に回した方がよほど効果的であると指摘する者もいます。
しかしクローン技術の研究者たちは、失われた遺伝子を復活させ、絶滅危惧種を保存できる「最後の頼みの綱」として、いつか活用されるのではないかという希望のもと今も研究を進めています。

近年クローン化に成功した絶滅危惧種

モウコノウマ

ここ数年の間にも、絶滅危惧種のクローン化は行われています。

2020年8月、絶滅危惧種である「モウコノウマ」から40年前に採取したDNAによって作成されたクローンの「カート」が、米テキサス州の獣医施設で誕生しました。
シマウマやノロバを除き、現存する唯一の野生馬として考えられていた「モウコノウマ」は、かつてアジア中央部(主にモンゴル周辺)に多数生息していたものの、人間の介入による環境の変化によってその個体数が激減し、1970年頃には一度絶滅したと考えられていました。
そうした経路を辿っていたため、改めてその存在が発見されてからは、ほとんどの個体が保護の為に欧米諸国の動物園へ送られました。
それが功を奏し、モウコノウマの子孫を残すことができたため、その時の個体を礎とした計画的な繁殖が行われました。
カートは、その試みによって誕生し、現在も元気に過ごしているとのことです。

そして2020年末には、絶滅危惧種「クロアシイタチ」のクローン「エリザベス・アン」が誕生しました。
クロアシイタチは北アメリカ中部に生息するイタチの一種ですが、人間の駆除やさまざまなウイルスの影響によりほぼ絶滅したと考えられ、わずかに生き残った個体は魚類野生生物局によって保護されていました。
エリザベス・アンは、この時に保護され1980年代中ごろに死亡した、「ウィラ」と呼ばれるメスの個体を礎として誕生しました。
アメリカの在来種である絶滅危惧種のクローンが誕生するのは、これが初めてのことです。
また、30年以上前に死亡した個体の細胞からクローンを作成できたことも大きな快挙でした。

現在もエリザベス・アンの健康状態は良好となっており、この先順調に繫殖した暁には、2024年か2025年には彼女のひ孫が野生に再導入される可能性もあるそうです。

まとめ

賛否両論がある中でも、失われた生物多様性の再生を願う研究者たちによって、今なおクローン研究は進められていることが分かりました。
「クローン技術」と「倫理的問題」というのは非常に難しいテーマであり今後も議論は続くと考えられていますが、いずれにせよ野生生物、そして地球上のすべての生物にとってより良い世界になって欲しいですね。

参考URL:クローンって何?(科学技術庁)
参考URL:【世界初】絶滅危惧種クロアシイタチの「クローン成功」が意味すること
参考URL:絶滅危惧のモウコノウマ、40年前のDNAでクローン誕生 米

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